ノヴァーリスの引用

 ノヴァーリスはドイツロマン派を代表する詩人で、ぼくは一時期凝っていた。『夜の賛歌』とか、『青い花』とか。そもそもぼくがドイツロマン派に関心を抱いた、というか好きなんじゃないかと思ったのは、ロベルト・シューマンが好きだからだ。シューマンがどれくらい好きかは、いまここじゃ書ききれないから省くけれど、とにかく非常に好きである。で、シューマンといえば、ドイツロマン派を代表する音楽家であって、だからきっとドイツロマン派の文学も自分は好きに違いないと、その昔判断した。が、いまになってみると、必ずしもそうではないような気がしてきて、実際、ドイツロマン派からは年々離れる傾向にある。まあ、シューマンだけは聴き続けていますが。

 この小説は、物語が語られるのではなくて、語ることそのものが、物語を創生していく機微を描いたもので、だから酒場で会話をする4人の男の話の進展に従って、ミステリーからファンタジーへ、さらにホラーへと、さまざまな物語のジャンルを小説が経巡っていくという趣向を持つ。「かたる」こと自体が主題化されている、というのは、実は現代小説の大きな特色なのでした。

 ところで、この小説では、ドッペルゲンガー(二重身)が扱われている。ぼくはどうも、これに深く惹かれるものがあるようで、他の小説でもずいぶんと扱っている。もうひとりの自分がいる! というのは、しかし、少し考えてみると、小説を書く行為そのものがはらんでいる感覚かもしれないと、いま気がついた。小説は自己のうちなる他人の声を聴くものですから。その他人が自立性を発揮すればするほど、小説は書き易くなるので、つまり多重人格とか、ドッペルゲンガーとかいった現象を、病気にならないように扱うのが作家という者かも知れない。

 この作品では、瞠目反文学賞という賞を貰いました。これは島田雅彦氏が提唱して、一回だけ行われた文学賞で、審査を公開し、また候補者も議論に参加できるという画期的なものでした。といっても、何がどう画期されたかははっきりしませんが。ただ、副賞はすばらしく、ウラジオストック豪華客船の旅のほか、北海道は穂別町提供の、野菜一生分!なんてのもありました。これが縁で、ぼくは毎年穂別町へ行き、去年(2000年)などは3回も行ってしまった。とてもいいところです。

 野間文芸新人賞もこの作品で受賞しました。1作品で2受賞とは、縁起がいい作品だといえる。いまはたぶん品切れだと思うが、そのうち文庫になる機会があるかもしれないので、そのときは是非読んでみて下さい。ミステリー好き、ホラー好きにも勧められると思います。

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